幼稚園中退、小学校不登校から始める中学受験日記

中学受験日記|発達障害と診断された子供を持つ親が悩みながら共に成長を目指す記録(夫婦当番制で記載)。同じ境遇にある家庭と共に歩む記録。

親父が認知症でなかったら孫の成長を喜んだだろうと時折思う

   

認知症という病気は本人とってはある意味幸せな病気かもしれません。

なぜならば、初期段階ではもの忘れで苦しむけれど、最後にはわからないこともわからなくなってしまうからです。

 

一方、家族にとってはとても残酷な病気だと思います。

なぜならば、患者は家族の記憶をどんどん忘れていって、赤の他人のようになってしまうからです。

あれだけ子煩悩で子供好きだった父親も、今は何もわからない状態になってしまいました。

 

 

 

子供と遊ぶのが唯一の趣味だった父親

以前の記事で記載しましたが、わたしの父親は認知症です。

現在、療養型の病院に入院しています。

認知症が発症して約10年になり、介護度も一番重度の5、寝たきりでもうほとんど反応もしません。

 

認知症が進行する段階において、混乱して母に暴力も振るったりしました。

そんな父ですが、病気が発症する前はとても穏やかな人間で、怒ることもほとんどありませんでした。

 

趣味らしい趣味も無い人で、あえて挙げるとすればわたしと一緒に遊ぶことです。

元々子供が好きで、40歳の時にやっとできた一人息子でした。

自分で言うのも変ですが、可愛かったんだと思います。

 

父は土日が休みではなかったので、なかなか一緒に遊べませんでした。

しかし、休みが合えばキャッチボールなどをしてよく遊んでくれました。

夜は一緒に風呂に入り、寝ました。

 

親戚や他の子供に対しても、いつもニコニコして接したのを思い出します。

 

 

 

認知症になって子供好きではなくなり

わたしの子供が生まれたのは父親が認知症を発症した後のことです。

当時は認知症が進んでいて、子供を抱っこしてもあまり喜びませんでした。

 

子供がハイハイする頃には、全く子供に興味が無くなりました。

近づいてくる子供を鬱陶しく感じているようにも見えました。

 

あれほど子供好きだった父親の豹変ぶりにはちょっと悲しくなりました。

でも、それは認知症という病気のせいなんだと思うことで、自分を納得させるしかありませんでした。

 

 

 

まとめ

今年、わたしの子供は小学校2年生になります。

寝たきりの父がもし病気でなかったら、きっと嬉しそうに子供と遊んでくれたはずです。

母親と一緒に見舞いに行き、寝たきりの父を見ると残念に思います。

 

ですが、今は昔と同じように穏やかな顔をしています。

色々あったけれど、本人の心が平穏に保たれていれば、それはそれで幸せなのかもしれないと思っています。

 

父親がわたしと一緒に遊んでくれたように、わたしも子供と向き合い、思い出を作っていきたいと思います。

 

 

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