幼稚園中退、小学校不登校から始める中学受験日記

中学受験日記|発達障害と診断された子供を持つ親が悩みながら共に成長を目指す記録(夫婦当番制で記載)。同じ境遇にある家庭と共に歩む記録。

論語読みの論語知らず(道徳教育に論語を活用した時の話)

   

 

論語というとどのようなイメージをお持ちでしょうか?

お堅いとか、学校でやらされたとかいう感想の方が多いのではないでしょうか。

 

私は学生の頃、漢文が(漢文も?)嫌いでした。

レ点とか一二点とか、読み方に固執し、内容まで理解できていませんでした。

受験のテクニックだけ磨いていたように思います。

 

漢文の中で一番有名なのは「論語」ではないでしょうか。

子曰く、から始まるやつです。

この論語を子供と一緒に読むことにした時のお話しです。

 

 

親子で学ぶ論語

かねてより、子供の対人関係改善のため試行錯誤をする日々を送っています。

何度言ってもなかなか態度が改まらないのは何故か?

 

元々怒られることにゴキブリ並みの耐性があることに加え、言われたことに興味が持てないからだと考えました。

うちの息子は興味があることはのめりこみますが、興味が無い事は右の耳から入ってそのまま左の耳に抜けていくタイプです。

 

ならば、しつけを道徳教育ととらえ、勉強にしてみてはどうかと。

道徳教育といえば、古来より先人達も学んだ論語です。

 

自分が苦手だったことを棚に上げ

「日々の行動についての指針になるような、昔から頭のよい人が読む「論語」っていう本があるんだけど、ゆっくんはまだ読めないよね」

と言ったところ

「その論語ってものを読みたい!」

見事、トラップにかかりました(笑)

 

子供にだけ読ませるというのはいかがなものかと、一緒に読めるような本を探しました。

 

旧日本海軍の山本五十六元帥も言っています。

「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」

 

書店やネットで息子に合った論語を探して、たどり着いたのがPHP出版から出版されている「小学生のための論語」。

テレビにも出ている明治大学文学部の齋藤孝教授が書いた本です。

 

この本は大きく4章に分かれています。

第一章 どのように生きたらいいんだろう?
第二章 勉強ができるようになりたい
第三章 友だちと仲良くするにはどうしたらいいんだろう?
第四章 世の中の役に立つ人になりたい。

2ページ見開きで、論語の一文をわかりやすく解説をしているので、短時間で学習ができます。

 

この本の中でゆっくんが優先的に読むべき章は第三章。

暇を見つけてはゆっくんと一緒に読んでいきました。

 

ゆっくんの日常と絡めて項目を選びます。

ゆっくんは親や先生から言われたことに腹を立てて話を聞けないことがあります。

ですので、該当するページを一緒に読みます。

 

苟有過、人必知之
苟も過ちあれば、人必ずこれを知る

「それ、間違ってるよ」と友だちや先生から言われたら、どんな気がしますか?あんまりいい気がしませんよね。

でも間違いを教えてもらえるのは、とてもありがたいことなんだよ。

<省略>

ノーベル賞をもらうような偉い科学者は、自分の説の間違いを教えてもらえるとすごくうれしいんだって。

大人になったらあんまり「ここが間違ってるよ」と教えてもらえないから、今のうちに「間違ってるよ」と言われたら、素直に感謝して直すようにしようね。

 

小学生のための論語 80ページ、81ページより引用

 

本書は、ゆっくんのように難ありの子供だけでなく、広く中学受験を目指している親子にも役に立つのではないかと思います。

第二章は勉強ができるようになりたいです。

「どうして勉強するの?」、「テストが返ってきたら」とか「中学受験に失敗したら」など、子供が一生懸命に勉強をしていく中で心のケアが必要になった時に参考になると思います。

 

 

論語を読み続けた結果・・・

ゆっくんと本書を3回転読み続けた結果、論語マニアになってしまいました。

他の論語の本も読み、変に理論武装をするようになってしまい・・・。

親に対して意見をする時には「孔子先生」の言葉を引用します。

 

例えばこっぴどく怒った時に、

「孔子先生は言っているよ。子曰く、これを道びくに政を以てし、これをととのうるに刑を以てすれば民免れて恥ずることなし」

としたり顔でのたまうのです。家庭のお約束は政治とは違うのだよと、また怒られる始末。

まったく、理屈っぽさに磨きがかかりました。

 

でも、論語という共通の書物をつうじて道徳的なこと、物事の捉え方を学習できたのはよかったと思います。

今ではこちらも「論語」から引用してゆっくんに注意をするようにしています。

 

 

古典を学習することの意味

昔、嫌いだった(というか授業中に寝ていた)漢文や古文ってなんだったのかと思います。

今回の論語読みを通じてわかったことは、古典を学ぶ意味とは先人達の知識・知恵を学ぶことにあるということ。

 

目先のテスト問題に解答できるのも重要ですが、本当は古典を通じて生き方や大事なことを学ぶということに本質はあるのではないかと感じます。

論語を読むと、昔の人間も今の人間も悩んでいることはさほど変わらないことに気付きます。

何千年たっても、人間の本質は変わらないため、つまづくところは同じということでしょう。

 

今回のきっかけをつくってくれたゆっくんに感謝しつつ、論語読みの論語知らずにならないよう日々を過ごしていきたいです。

本日もお読みいただきありがとうございました。

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